2014年1月21日火曜日

独学と我流


私は我流と独学とを分けて考えています。
独学とは最高の道を自ら求めて勉強することで
我流とは自分の好きな物だけ取り入れることの違いがあると考えます。

たとえばミクシーのバーチャル教室の内容は日本ではどこのスクールも教えていません。
スクールで限界を知ったゴルファーが自ら進化した打法を学びたいと思い
サイトを通じて勉強しているのは独学と言えます。

ところが、自分の開発したスイング理論に固執し、それを基準にして
合っている事だけ取り入れて、それ以外を批判して自分の理論が正しいと主張し
サイトなどで炎上させているようなゴルファーは我流ゴルファーと言えるでしょう。


スポーツとして少しでもスコアを良くしたい、と考えておられるゴルファー以外は
何でもありなのがゴルフです。
ラウンドの前日に練習場に行って調整するだけとか、ぶっつけで直接ラウンドに
という人も大勢いて、それはそれで目的が達成されれば良い事です。
接待やコミュニケーション目的、ギャンブルや遊び目的のゴルファーは
我流だろうが独学だろうが関係ありません。

ところが、上手くなりたい、仲間では一番になりたい、などとスポーツとして
スコアを気にする人は我流から脱出する必要があります。

我流ゴルファーとは打法などの動きだけではなく、考え方、姿勢、取り組み方や思考まで
自分で自分の限界を作っている人達です。

我流ゴルファーのほとんどは最初から自分という物をしっかりと持っており
我の強い独自の考え方を持っており、頑なに我が道を行く人達です。

ゴルフ人生はゴルフの歴史から見れば一瞬なのに、その間に
自分一人でどこまで分かると言うのでしょうか。

どこの世界でも先人が作り上げてきたノウハウの上に立ってそれを全て習得し、
その上に何かを進化させて記録を伸ばしているのですが、
一から自分一人で作り上げようという姿勢はスポーツ界では考えられないことです。

新しいスポーツや新しいストリートダンスなどは、我流や独学者がどんどん進化させ
先人となって形を作っていくのですが、600年とか800年とか言われる歴史のある物は
日本でいえば歌舞伎や剣道のような分類として基礎が確立しています。

毎日1000発打っていれば上手くなる・・とかいう人がいますが
これが典型的な我流の頂点ではないでしょうか。
これだけ打って自分はここまで来れた、という自分が開発した練習法を
紹介しているに過ぎません。
では、その人は3年でプロ級になったのでしょうか?

ほとのどのゴルファーは20年、30年も真剣にやって、やっと両手シングルです。
そしてオヤジ・スイングと言われる、いわゆる手打ち打法がほとんどです。
また、その昔はゴルフをする人が少なく、レベルが相当低かったので
その時代では独学でも我流でもトップクラスにはなれたかも知れませんが
日本も今はレベルが上がり、その領域ではありません。


練習場で鏡の前で一生懸命素振りをしているオジサマがいました。
その素振りはとてもゴルフのスイングとは思えない奇怪な動きでした。
しかも、恐らくその素振りを30年はやっているかと思えるほど正確に
毎回、全く同じにするのです。

そして、打席に戻ったオジサマはこんどはそこでまた素振りをするのですが
鏡の前でやっていたフォームではなく、全く違う動きで
30cmほど手前をダフリ、その動きも毎回完璧に同じ場所をダフるのです。

この二つの全く違うフォームを完璧に定着させ、安定しているのですが
これではとても球に当たる訳がありません。

ところが、今度は打席で球を置いてスイングしたのですが、
これもまた違うフォームにも関わらずジャストミートです!
そして何度打っても完璧にミートしているのです。

さらに素振りをするのですが、また30cm手前をダフり
球を置くとナイスショットです。

しばらくするとまた鏡の前に行って自分の姿を見ながら素振りをするのですが
鏡用のフォームで奇怪な動き、数回の後また打席に戻って30cm手前をダフり、
球を置いてはジャストミートです。

この3種類のフォームを完璧に定着させて安定しているのですが
果たして鏡スイングとダフリスイングは必要なのでしょうか?

この3種類を安定させる時間は、もっと有効的に使えなかったのか
年のせいか、ちょっと打ってはすぐに休憩なのですが
本人はこれが遠回りだとは気がついていないようでした。

プロがしないことはしない、プロができることは全てできる
という姿勢が上達には必要かと思います。
そしてできないのであれば、できるようにするために
今の枠から出るしかありません。





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